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2015年11月19日木曜日

大、大、大好きな道。

2015年10月末。

今年初めてのQueenstownクイーンズタウンからGlenorchyグレノーキーまでのチョイ乗り。
先日書いたように9月には走れる状態ではあったのだが、あまりにも寒くて億劫でほとんど走らずに、もうそろそろ2ヶ月にかかる頃だった。高い保険も登録料も払っているのにもったいない。もう春先に生まれた子羊たちはもうそろそろ大きくなり始め、牧草地をピョンピョン跳ねている頃だ。

そんな時、快晴で無風状態、これは行くっきゃない。
早速いつものようにKazzyさんを誘う。もちろんホイホイついてくる。
我々もその可愛い子羊の様にウキウキとはしゃぎながら2台のスポーツスターを走らせた。

今回は借り物のGoPro3をお供にして、その様子をムービーで撮ってみた。



ところがこのGoPro3 どうやら壊れている様で、専用アプリを使ってもモニターができない。他のファンクションはちゃんと操作できるのに。懇切丁寧なサービスに電話しながら全てやることをやったのだが、電話の向こうの彼もお手上げだった。

しかも、途中、なぜか勝手に録画が止まってたりして、非常に頼りない個体なのだが、借り物だし、しょうがない。でもしばらくはこれで遊んでみよう。

それにしても、この道、相変わらず、素晴らしい。絶景を楽しみながら走りも堪能できてしまう。小一時間、行った先は美味しいカフェで一休み。行くぞと気合を入れないで、その日のちょっとの都合で来れる場所。正に、チョイ乗りの為にあるような道。

大、大、大好きな道だ。






2015年3月21日土曜日

彼女はピンクが好き。

2015年3月。
ちょっと嬉しいことがあった。

私の住む町、QueenstownでH.O.G. のミーティングがあったのだ。
毎年あるらしいのだが、今年は最高の設備と最高数のメンバーが集まるだろうと見込まれている。その総数はおそらく国内から集まる2000台になると予想されているらしい。私はH.O.G.のメンバーに入っていないので情報が入ってこない。

それにしても2000台とはすごい数だ。たった400万人の人口の国で2000台とは!
2000人に1人がハーレーでやってくる計算である!本当か?
にもかかわらず私はメンバーに入っていないというのもなんだが。


ところで私の愛車XL1200Cは中古車であるが、ペイントジョブが凝っていて、だから私が引かれたというのがあったのだが、そういうわけで前のオーナーがすっごく気になった、一体どういう人なのかっていうことに。

買ったバイク屋から聞かされていたのは前のオーナーは62歳の女性だったということだった。そして彼女は更にアップグレードしたのに今は乗っているということだったのだ。

彼女のあだ名はScary Mary
直訳すればそのまま「恐怖のメアリー」だが、私が想像するに「来るなら来やがれ、めありーより」みたいな感じなのかもしれないと思った。会ってみたいようなみたくないような。

実は今週の地元新聞の表紙を飾っていたのが彼女だった。H.O.G. の集まりを楽しみにしているみたいな記事だった。Maryという名前があったがScaryとは書いておらず、代わりにMad Maryと書いてある。しかし、ピンクのHarley Davidson のトライクにまたがっている彼女の写真を見て、間違いなくこの人だと思った。興味本位で会ってみたくなった。


昼前、町の会場を目指してエンジンをかけた。天気はこれ以上はないというような素晴らしい青空が広がっている。バイク乗りには最高な条件だ。

町までの5分の道のりだが、果たして何台のHarleyとすれ違ったろうか。ものすごい数だ。私の数台前にも町に向かうハーレーがあった。

会場は、町の一角を封鎖してハーレー専用スペースとなっていた。

公民館みたいなところは一時的にハーレーショップとなりハーレーブランドの服が所狭しと並んでいた。

入り口に新たな500もあったが、人気は、、、。
にしても、Lプレート(日本で言う初心者マーク)が付いているのが愛嬌。
ピリオンを降りて自分で乗ってみたいと女性をターゲットにしているらしい。

このドデカトレーラーがハーレーカスタムショップ。タンクやホイール、ハンドルバーなどあらゆるカスタムパーツを陳列しているのだ。LEDで青や赤に光るフットステップとかもあったけど、私はもうちょっとシンプルなこっちがいい。


ランチを挟んでまた会場に顔を出してみると、いたいた!新聞に載っていた女性だ。
恐る恐る声をかけると気さくに応対してくれた。さすがにScary Maryさんですか?とは言えなかったのだが。

「あなたの昔乗っていたハーレーを今私が所有しているらしい」と私が言うと、「是非今ここにもってこい」と言う。



彼女のトライクに横づけすると、彼女は「おー」と嗚咽するくらいに喜んだ。
「私が乗ってた頃より綺麗に乗ってるねー」とか
「このペイントが懐かしいわー。」といいながらタンクにキスをすると周りで見ていた人たちが「おー、おー、お手やわらかに。」となだめ始めた。

以下、私とMaryの会話。

M「リアフェンダーにも顔があるのは知ってるかい?」
タンクに般若の顔が二つ左右にあって、さらにもう一つはピリオンシートがあって普段は隠れているのだ。
私「ああ、知ってますよ。シート外した時に見ました。そうだなあ、シングルに変えようかなあ。」
M「それがいいよ、あんた!」
私「あ、でも、私は奥さんいるんですよねえ。」
M すかさず手で触りながら「このシーシーバーを取っちゃえば、奥さん落っこちるから、そしたらシングルに変えられるんじゃない?!」

なるほど、Scary Maryはジョークがきつい。
そして、

M「今度一緒に走ろうよ。」「子供はいるのかい?」
私「ええ、3人。」
M「えーと、あなたの後ろに一人でしょ、もう一人は私の後ろ。あとひとりは、、、このキャリアに縛り付けるか?」とトライクの広めのキャリアを指差して横ばいで万歳のカッコをしてみせる。
なるほど、笑いが止まらない。
新・旧のMaryの愛車たちを並べて一枚。
Maryの愛車、Pink-licious と名付けられているのは deliciousをもじったものなのだろう。
塗装にはパールも入っている。

ちなみに私が今乗っているもののペイントジョブにも結構掛けたと言っていた。

ウェストコーストで事故にあって膝をやってしまってから、当時乗ってたのをトライクに改造して乗っていると言っていた。膝にはプレートが入っているとケラケラ笑ってた。


先ほど新聞記事を読み直すとMary 62歳となっていた。ということは私が買ったバイク屋に言われたのは当たらずも遠からずという情報だったということだ。少なくとも私の手に入ってからもう6年の月日が流れているのだから。

いつの日かMaryと一緒に走る日が来るのだろうか。
その時は妻を連れて行くのがいいのだろうか、それとももうシングルシートになっているのだろうか。



2015年2月27日金曜日

晴れ三昧の幸福日和? ツーリング初日。

2015年2月。
いざ出発である。

この夏、この時期にしてようやくロングツーリングができそうな時間ができた。天気予報を見ると今日明日は晴れで、うまいこと2日目の夜に雨が通り、3日目の走りには影響がなさそうだ。

Arthur's Pass(アーサーズ・パス) という峠が南島のほぼ真ん中を北西から南東にかけて貫通しているのだが、この道だけハーレーで抜けたことがなく、今回はここを通ることを目的とした。

出発前日に打電して新たなハーレー乗りになったMethven (メスベン)に住む友人RとTekapo (テカポ)でランチの為に1時頃に現地集合することにした。クイーンズタウンからは大体3時間、メスベンからは大体2時間弱の 距離。ちなみにRはまだ航続で100kmも走ったことがないという。彼にとっては初ツーリングみたいなものだ。これは楽しいイベントになりそうだ。


この時期、ホリデーなので、交通量が非常に多い。しかも海外旅行客のレンタカーが半分を占めているんじゃないかと気がするほど多い。ホリデー時の事故が多いのも当たり前である。特に中国、インドからやってくる人々の運転は非常に迷惑で恐怖であるので、本当に気をつけなくてはならない。モラルや交通ルールを守れないという問題だけではなく、人によっては車の動かし方自体が怪しく、左車線に留まれなかったり、ハイスピードに慣れていなかったりと、そもそもの問題であるから怖い。

何台もそんな車を前に後ろに対向車に見ながらクイーンズタウン近郊を抜ける。珍しくワイン畑で一枚。まだぶどうの身は小さいようだ。


しばらく行くと10台くらいの車の一団がいた。先頭車両が遅いのだがその後に付いている2台目、3台目も技量がないのか、抜けないでいるのだが車間が詰まっていて、抜く気満々のその後ろの車達が抜けないでいる。そうなると全体のスピードは先頭車両の速さで決まってしまう。法定速度では100km/hなのだが、大抵そういう車は80km/hそこそこで走っている。このまま1時間も走り続けられたら20kmも距離が違うのだ。本日400km走る予定の私は付き合いきれない。第一、ランチタイムが終わってしまうかもしれないではないか。

広い所で一挙にごぼう抜きしていくことができるのはバイクならでは。車の長さと幅ではこうは出来ない。やっと普通の巡行に移ることができてしばらくすると写真タイムだ。Lindis Pass (リンディス・パス)という峠だ。観光スポットになっていて、近年できた見晴台まであるが、そこを通り越して下から眺めることにした。でも写真は下向きに撮ってみた。

そして撮ってる間にさっき抜いた一行に抜かれてしまった。


ここを抜けると今度は真っ平らまっすぐな道がグーンとOmarama (オマラマ)
まで続くのである。車の一行の車間も順序もまちまちになってくることだろう。

私は見晴らしのいいストレートを走るとき、時々周りの景色に圧倒されてスロットルを緩めて進むことがある。80km/hくらいで流すとエンジンの鼓動がゆったりとなり、とても心地よいのだ。いわゆる昇天している感じと言えばいいのだろうか。

先ほどまでブチ抜いてきた車たちが不思議な顔して私の横を追い越していく。

ということで、また一枚。大乾燥地帯がやっぱり乾燥していた。
実はシーズン初めはなんとこの土地が芝生で真緑だったのだ。目を疑ったくらい信じられなかった。こんなところでそんなことは可能なのだろうかと思ったものだ。が、やっぱり元の茶色に戻っていた。緑は美しいが、この茶色の風景に見慣れてしまっていて、緑だと違和感がある。





大快晴に恵まれて最高峰のMt Cook (マウント・クック)も絶好調に光ってた。手前のブルーグリーンのLake Pukaki (レイク・プカキ)もすごい色を放ってた。





テカポのほんの一息手前の荒涼としたところもなぜか好きだ。なんもない大地に道路と平行に点々と電信柱が立っている。あの電信柱の切なさが好きなのかもしれない。悪天候にもめげずに立っているのだ、何も言わずに。昔見た日本のCMであった三丁目の電柱の歌を思い出した。





やっぱりハーレーはマフラーが見えるのでこちら側のアングルが好きだ。


予定より25分くらい遅れて(勝手に私はもともと遅れる予定にしていた)テカポに到着、友人Rもちょうど着いたばかりだと言ってくれた。10分くらいの差だったと思う。

久々の再会でテカポ名物サーモン丼を頬張りながらお互いの近況報告をする。ネットの力で離れていても結構お互いの近況を知っているものである。実際に会ったときはその詳細について聞くという会話の方向に時代は変わりつつあると感じる。

天気も最高だし、折角なので、近くの天文台があるMt John (マウント・ジョン) に登ることにする。もちろんバイクで。舗装路だけど、道が狭く急な坂でヘアピンも多いので、Rは躊躇したけども、もし一人だったら行かないだろうということもあり、行くことにした。

Rはそこそこ苦労しながらもちゃんと登ってきた。その見返りは素晴らしい景色だった。





初ツーリング記念にRの勇姿も撮って土産とした。
撮影のためにRはこの狭い道でUターンをしてきたのだが、おぼつかないその姿を遠く離れて見ていてもひどく滑稽だった。シート幅が私のと比べて広く、跨ると彼の背では両つま先ツンツン立ちなので、まだしょうがない。そのうち慣れてくるでしょう。





超ゆっくり下山してくるRをしばらく待ってから一緒に走り出すことすぐ、私の右腕に激痛が走った。前に覚えのある痛さだ。また蜂に刺された。この時期、蜂は活発に動き、しかも量が半端じゃない。確かに私の上下の革にはたくさんの蜂が当たった跡がある。袖口から入る確率を考えれば低いはずなのだが、ハンドル位置と角度でちょうど袖が正面を向いているとは言え、全く良く入るものだ。宝くじもこのくらい当たると良いのだが。

みるみる腫れてきたので、Rを置きざりにして、痛い右手でスロットルとブレーキをコントロールしながらテカポの町まですっ飛んで戻り、お土産屋に飛び込んだ。薬局などないのだ、この小さな町は。そこで手に入れたのが、プロポリスの原液。
これをたらっと一滴すると治りが早いと言われている。元々蜂が集めたものなので、毒を以て毒を制するというアイディアからきているのかもしれない。


その後、痛さは治まり痒さに変わって熱をずっと持ち続けた。その晩は腕をかきかきしながらRのシェフである奥さんの作ってくれた美味しいご飯をいただいた。

全体的に観れば幸せな日であったがその幸せぶりに”バチが当たった”のだろうか。

つづく。



2014年12月21日日曜日

とてもアメリカンな彼女

久々に乗る。
一日中ぐずついた日曜日だったが、夕方になって晴れてきて青い空が見えてきた。雲の姿とその数のバランスが良く、ひょっとしたら夕焼けがすごいことになりそうだと予感がしてきた。

小さな子供のいる家庭は、いつものごとく早い時間の夕飯を済まし、テレビはクリスマスを題材にした番組が勢ぞろい、なにやらサンタのアニメを見ている。
チャンスは今だ。

どうせ、この時間、そんなに長く乗ることはないし、夕焼けを見たいだけだ。
「ちょっと行ってくると」奥さんに声をかけ、革ジャンを引っ掛け家を出てくる。

街の中のおそらく一番眺めのいい道路を走ろうと、そちらへ向かう。
さすがにちょっと空気が冷えてきている。スピードを出さなければ寒さは感じないのだろうくらい気温は高いはずだ。

どこの国でもそうなのか、高い所には大きい家が立ち並び、どの家も贅沢な作りの立派なものである。上に行くほどその条件は加速するようで、一番上にある家が一番でかい。

なぜかその一角に手付かずの土地があり、まるで見晴台になっており、そこが暗黙の了解で庶民の憩いの場となっている感じである。観光客をガイドする車もそこでクイックストップしてみんなを「おおぅ」って言わせている。

そこにSportsterを停めた。


荘厳な太陽を見つめると心が洗われる気がする。
しばらく一人でいい時間を過ごしたのもつかの間、似たようなことを考える人はこの小さな町にもいるようで、ヘッドホンをしたTシャツねーちゃんも太陽を見つめながら散歩しながら近くを通った。

その彼女が声をかけてきた。最初は私もヘルメットの中で鈴木雅之が歌っていたためなんて言ったのかわからなかったのだが、何かを喋りかけてきたのは聞こえたので、ヘルメットを脱いだ。



見ると、知った顔だった。ほんのちょっと前に知り合った彼女はアメリカ人。よく喋る人だなあと思ったものだが、やっぱりよく喋るのだ。
向こうもヘルメットを脱いだ私がその時の私だということに気がつくと驚いた。

彼女は「これは、なんていうバイクなの?」と問いかけてきた。
同じ質問を良く素人にされるので、同じように「これは、ハーレーダビッドソン」と言うと、一拍おいて
「そうよね、これ、ハーレーよねえ」と。

そして、その次の彼女の言葉に私は耳を疑った。

「実は私の実父がSoftailをデザインして作ってHarley Davidsonに売った二人のうちの一人なのよ。」と‼︎

"You must be kidding!!" ショックだった。

信じられないが、きっと本当のことなのだろう。そんなことで嘘をついて一体何の得があろう。

彼女がすぐにハーレーとわからなかったわけはここにある。これはSportsterだ。はるかにちっちゃいのだ。言ってみれば、「これでもハーレーなの?」ということであるのかもしれない。

というわけで、私の態度は豹変し、記念に写真を撮らせてもらった。

バイクには乗らないのかとの私の問いに、今まですごくたくさんのライダーたちを見てきて、いろんな事故を見過ぎてしまって、怖くなって乗らなくなったと。

でも若い頃にはDucatiのセクシーさには勝てなくてレース場でぐるぐる回ってたわ、と。

なるほど。

ついこの間は、この町で見かけたマセラティに大興奮して、あれが私の将来の車だわ、と思っていると語っていらっしゃいました。ランボじゃダメらしいです。(実はこの町にあるランボやフェラーリが試乗できるアクティビティーがあって、広告のためそれらが良く町中に停まってる。)

なるほど。

アメリカ人だよね、君。
お父さん、ソフテイル作った人だよねえ。

ふーん。
アメリカンな彼女はイタリアン好きだったみたいだ。


日が暮れてきた。



じゃあ、また今度、と言ってその場を去った。
彼女もさっきよりもずっと気温の落ちた中、元気にTシャツ一枚で坂を下って行った。
いろいろ納得。



遅くなった。5分でうちに着く距離だが。
そういえばヘッドライトが暗かったのでPIAAのバルブを入れてみた。前に入っていたものと比べると随分白い。夜を走ってどのくらい明るくなったのか確かめてみたいのだが、でも、必要がないのなら走らないほうがいいな。

家に着いた9:22で空はまだ明るい。
そうだ、今日は夏至なのだ。
明日から1分ずつ、日が短くなっていくのだ。
夏はまだまだこれからなんだが、なんか、寂しい。



2014年11月7日金曜日

最高以上の日。

今朝、先日のお風呂ツーリングについてKuzzyさんとやり取りをしていると、今日は昨日と打って変わってものすごくいい天気だということに気づく。

これは出かけなくちゃ、とそそくさまた午後から出発しようと企んだ。

1時シャープに現れたKuzzyさんは小さなパッチがいくつかついた黒い革ジャンと、ケブラーでできたジーンズ、そして赤いノースフェースのブーツとおしゃれ。一方、私はいつもの上下の革ジャンである。向かったのはいつもの道、Glenorchy (グレノーキー)だ。片道45分のチョイ乗りである。

めちゃくちゃいい青空で、風も吹いてない。ほんのり冷たい空気だが、まったりとした空間でゆったりとエンジンの鼓動を感じながら走った。いつもよりのんびりと90km/hで巡行した。景色が良かったり、気分が良くなると速度は遅くなるのだ。先日でも超長いストレートが全道程で一番遅く流して走っていたりしたのも事実。不思議なものだ。


雪がまだ多く残っている2000m級の山々を左手に見ながら太陽に向かって走っていくなんて結構な贅沢である。道が上がったり下がったり、左右に方今転換することで見え方が変わる湖がすばらしい。


そして、いつもの場所で一休みだ。
「最高」という言葉以上の言葉があるのなら、それに値する日だった。

その後、いつものカフェでいつものように日向ぼっこでロングブラックをすすりながら、長話した。何組ものお客が去って行き、入れ替わりに新しい客が入ってきていた。
だいぶ日焼けしてしまった。
いよいよシーズンだ。



「こんないい日に出てこない手はないね」と帰り道の会話。
いくらか向かい風になり、湖面に白波が立ち始めたが、我々はその眩しい新緑と青い空に白い雲、そしてエメラルドの湖を眺めながらこのひと時を楽しんだ。




2014年9月23日火曜日

雪が溶けて湖になります。

2010年10月の事。

ここQueenstown (クイーンズタウン)は基本的に寒いところである。と言う訳で、冬には雪が山々に積もり、晴れた日には青と白のコントラストがくっきりと美しく、曇りの日にはドヨーンとした空の下、真っ白い山々がぼんやりと光り、これもまた美しいと言える景色になる。

しかし、晴れの方が気持ちがいい事は確かだ。そんな時は走り出そう。
10月頭のこの時期、まだまだ雪が残っているというか、スキー場も最後の週を迎えているくらいである。スキーで滑り飽きた人はいち早く春の準備をして気も心もスプリングの様に跳ねまくるのだ。私は最近はもうスキーをする事も無いので晴れたらこうして出てきてしまう。春に出てくるモグラの様に。


ぐるっと近郊をちょい乗りする訳である。家から隣町のArrowtown (アロータウン)まで15分だが15キロある。そこで曲がってクイーンズタウンの市街地の方へ行く。そうすると約20分だが距離は20キロある。そして家まで戻って来ると地図上に平行四辺形を描く訳だがざっくりと40キロ。

この辺りはハイウェイというよりもやっぱり市街地という事で、平均速度は60km/hに落ちるがちょうどとっても計算しやすい。小一時間のいい距離なのだ。まあ、こうしてあちこち覗いては写真を撮ったりするので、実際にはもっと時間がかかっているのだが。

今現在が9月の下旬でもうすぐこの写真の時期と一緒なのだが、今は山の雪がこれより断然少ない。今年は暖冬でこれから降る事はちょっと考えづらいが、今朝はうちのまわりでも雪がちらついたというので、ひょっとしたらまだあるのかもしれない。いつも冬には早いと言わせる雪が5月そうそうに降ったり、もう冬も終わりだねと言っている10月終わりとかに雪が降るのが、このクイーンズタウンである。標高2000m級の山々に囲まれ、町の標高も350mあるので、まあ、そういう事である。だから基本的に、夏は涼しい。先日のブログの内容と相反するが。



が、今年はそれを自分の目で確かめる事ができない事になっている。実は今週末から日本に帰省するのだ。楽しみでしょうがない。日本の地を踏むのは7年振りなのだ。日本でも1泊2日で伊豆方面にツーリングを計画している。ここぞとばかり、うまいものを食いまくるつもりでいる。

*本日のコースはこちら